キントトレコード

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春風亭柳好

 四代目 春風亭柳好

落語B級グルメ第1弾発売中

四代目柳好1・表~写真撮影:横井洋司

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 四代目春風亭柳好の横顔

写真所蔵・地主日枝子

写真所蔵・地主日枝子

 柳好師と言えば、お笑いタッグマッチでしょう。演芸番組華やかな昭和30年代から40年代、この番組は、フジテレビが昭和34年春、開局まもなく開始した平日正午台の生放送。録画ではありません。裏番組にテレビ結婚式(一般視聴者)が放映されていた時代です。

 出演者は、柳好、夢樂、伸治(文治)、小圓馬、馬の助、小せんらの若手真打。二手に分かれたチームが横並びに着座し、その前で歌うゲストの曲から、歌詞の一部をお題としてピックアップ。各チームの落語家3人がお題を交えて順番に連続するストーリーに仕上げるのです。

 そのときバトン代わりに縫いぐるみを手に持ち、とぼけ役の柳好師は『で、どうしました?』と次の人に渡して笑いをさらいます。出揃った互いの創作ストーリーは、双方で矛盾点を突っ込み合った後、客席の拍手量でチームの勝敗が決まります。当時、子供であった私も夢中になって観ました。番組人気が出ないわけがありません。

 また昭和43~44年頃の毎週月曜日、あるいは火曜日の夜8時から浅草演芸ホールの中継番組に柳好師が出演する大喜利がありました。岡持ちの中に隠された謎かけのお題、客席からの借り物です。出演者には秘密。謎掛けの答えを順番に回答した後、四苦八苦する姿を愉しむ珍芸です。

 そんなときにも柳好師は、とぼけ役を軽くこなします。回答時間を稼ぐため、鼻から抜ける『はひほふほふ、、』で飄々と引っ張り、すっとぼけた息の抜けた声で決め台詞。『ぉ、それよ!ぁでけた!(出来た)』観客はこの一言を待って一気に爆笑。答えなぞどうでも良くなる一言でした。

 柳好師の噺も随分と放映されました。ぬーっと現れ深々としたお辞儀のあと、絶妙の間で『落語をやらせて戴きます。』の意外性、その軽さで自然に頬が緩みます。特筆すべき魅力は『牛ほめ』『かぼちゃ屋』など与太郎でしょう。無理をせず軽く、気楽に演じるところが身上で、声のトーン、抑揚、間の連携によって構築されています。柳好師の描く、唯一無二の軽い与太郎をお聴き逃し無く。落語好きなら独自の与太郎が判る筈です。

 四代目春風亭柳好の略歴

写真撮影・横井洋司

撮影・横井洋司

  四代目 春風亭 柳好(しゅんぷうてい・りゅうこう)
1921(大正10)年1月3日 本名・小川清、神奈川県横浜市に生まれる。
1950(昭和25)年8月 29歳で三代目春風亭柳好に入門して前座名・春風亭笑好。
1953年10月 春風亭笑好で二つ目昇進。
1956年3月 三代目春風亭柳好逝去。六代目春風亭柳橋門へ移る。
1958年10月 四代目春風亭柳好を襲名して真打昇進。
1959年 フジテレビ「お笑いタッグマッチ」のレギュラーとなる。
1965年5月 臼井正春(現・春風亭小柳枝)が弟子入り。
1968年1月 中川功(のち五代目春風亭柳條となり廃業)が弟子入り。
1972年 心筋梗塞で倒れるが奇跡的に復活。
1976年 二人の弟子を春風亭柳昇へ預ける。
1989年10月 落語芸術協会を辞す。
1992年7月7日 心筋梗塞のため逝去。享年71。

2012年7月4日 二枚組CD『四代目春風亭柳好キントトレコードより発売。
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